MEDIA

7/31(火)、ラジオカロスサッポロさんの「コトミラ」に出演させていただきます!
沖縄の語り部比嘉秀子さん、折り紙作家のもこさんも一緒に出演します。
時間は、16:00〜17:00
FM78.1MHZ
トーク、生演奏、比嘉さんの朗読とのコラボなど盛りだくさんの内容になっています(^ ^)
是非是非聞いてみて下さい!
また、番組へのメッセージもお待ちしています!
mail→request@radiokaros.com
番組HP→http://www.radiokaros.com/cm/
Ustream配信→http://www.ustream.tv/channel/radiokaros

モノノケユースケ | アーティスト情報

ロックバンド「ムックリタッチ&ミー」を2001年に結成。ギターボーカルと全曲の作詞作曲をつとめる。2011年3・11を機に、反原発などの社会運動などにも関わるようになるが、今の時代をどう生きるべきなのか考えているうちに、幼い頃から読み親しんでいた水木しげる氏の「人間は、妖怪がいると思って生きる方が幸せなんだ」という言葉に感銘を受け、「僕ら人間に足りなかったのは妖怪だったんだ!」という思いに至る。それをきっかけに、自ら妖怪ミュージシャン モノノケユースケを名乗って活動を始める。妖怪の伝承や神話と現代の感覚を重ね交差させた独特の歌詞を、ミニマムで哀愁帯びた旋律に乗せ歌う。同時に、311、原発、戦争、などをテーマに社会性帯びた作品も積極的に発表し、社会派シンガー・ソングライターの一面も持つ 。これらはモノノケユースケというミュージシャンの中で、別々のテーマとして存在するのではなく、魂の叫びを歌にするという揺るぎない核心となっている。2012年、311をテーマにミニアルバム『indio in march』を発売。同作収録の「イルカの歌」が市民団体や支援イベントを中心に反響を呼ぶ。2011年~2013年の12月、札幌のロックバンドと役者やダンサーが対バン形式で共演するライブイベント『妖怪記念日』を役者の柴田智之と共同開催する。2015年8月、モノノケユースケ初の絵の個展『まつろわぬ鬼、祀ろうぞ鬼』をムジカホールカフェで開催する。同年9月、タングロン支援の同行で東北を訪問。同時期に国会を通過した戦争法案を受け、帰札後、憲法9条を「全ての戦争による亡くなった魂のお墓」と見立てて、『独りデモ百鬼夜行』を敢行。この年 、元たまの石川浩司氏と2度の共演を果たす。2016年6/30~7/3、劇団怪獣無法地帯の第24回公演作品『もし月が無かったら』(脚本/演出 伊藤樹)に楽曲提供(「存在の踊り子」)同年11月、水木しげる氏の命日に合わせて、音楽と芝居による『妖怪百歌物語』(脚本/演出 鷲頭 環)を企画。ムジカホールカフェにて上演し好評を得る。2017年6月、沖縄の語り部比嘉秀子と一人芝居&ライブの企画ライブをムジカホールカフェで開催。同月、数年前の長崎訪問の際に聞いた語り部の女性の、被爆体験の話を元に生まれた『ヒカリニカワル』、福島の詩人関久雄氏の詩に曲を付けた『たたり神』の2曲収録のシン

オトキタ

2017年11月14日(火)『北海道新聞』夕刊に掲載

11月18日 「妖怪百歌物語〜社守篇」ターミナルプラザ琴似パトス 企画 モノノケユースケ/脚本演出 鷲頭環 

2017年5月27日 北海道新聞朝刊の紙面に掲載

6月23日 比嘉秀子「生きる」ムジカホールカフェ 企画 モノノケユースケ

アーティスト「モノノケユースケ」 | インタビュー | ASOBO DESIGN™

about "モノノケユースケ" 2001年より札幌で活動していたエセ民族ロックバンド、「ムックリタッチ&ミー」のフロントマンとして活躍。2009年おぐろっくの名前で弾き語りによるソロ活動を開始。夢と現実が行き交う独特の詩や曲の世界観が聞く人に様々なイメージを喚起させる。2010年8月1stソロ音源「夢/因果石/存在の踊子」¥500 発表。2012年3月に1stソロミニアルバム「Indio in March(3月のインディオ)」¥1000を発表。昨年の3月11日に思いを寄せて歌われた「イルカの歌」(M4収録)は発表後、市民団体や平和団体など各方面で反響を呼んでいる。2012年4月、それまでのおぐろっくから突然芸名をモノノケユースケに改名!現在、札幌のカフェやバー、イベント企画などを中心に活動。時にはサポートメンバーを入れてモノノケユースケバンドとしても活動している。音楽活動の他に、人間の秘められた才能を「妖術」と説き、様々なアーティストと交流するインターネットラジオ「モノノケユースケの妖怪RADIO革命!」も不定期更新中。 ■札幌というと…たぶん一番遠方のお客様ですね(笑)モノノケユースケさん、よろしくお願い致します!! モノノケユースケ>>僕は、北海道の岩見沢というところで生まれて、志文というわりと田舎の町に育ちました。周りにはタマネギ畑があり、その向こうに小学校が見えました。学校から少しいくと「原始の森」という森があって昔は凄く広くて猿もいたらしいんですが、僕らの頃にはだいぶ小さくなっていたようです。 それでも子どもにとってはちょっとした冒険でよく友達と行ってました。森の奥には小さなお寺みたいな建物があって、僕は勝手に「原始の森の妖怪の家」って呼んでいました(笑)ある日、友達と遊びに行った時、その「妖怪の家」から誰か出て来て、こちらを見るので泡を食って逃げた記憶があります。今思えば森の管理人さんだったんでしょうね(笑)校歌も「原始の森を深くして~」から始まるんです。幼き頃の原風景の一つですね。それでまあ、恵庭、長沼と引っ越して大学に入る時に札幌に来たんです。

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