短編小説「穴」

  朝起きたら顔に穴が開いていた。初めは黒子(ホクロ)かと思っがどうやら黒子ではない。

穴だ。顔に穴が空いているのだ。黒子と間違ったくらいだからほんの小さな穴だが、それは傷口でもニキビでもない。顎の上に紛れもなく穴が空いているのだ。

 穴にそっと指で触れてみた。全然痛くない。一瞬、その穴から風のようなものが吹いた気がした。不思議に思い、鏡に穴を映して見ると黒い空洞が口を開けてこちらを覗いているようで身震いを覚えた。

 この穴はどこに続いているのだろう。

「おはよう。なんだ、ケンタ。鏡なんか見て色気付いて来たな。ふふふ」

父が起きて来た。間も無く母も起きて我が家は朝食の時間を迎える。

「おはよう、父さん。いやあ、なんか出来物ができたみたいでさ。」

「おお、それはもらい物だな。思い思われ、、、ふへへへ」

不気味な笑みを浮かべ、鏡の前に立って髭を剃り出した父の横顔を覗いて見たが、どこにも穴は無かった。

「あの子、アイコちゃんだったか?いい子だと思うぞ。ひひひ」

「アヤコだよ、父さん。昨日また、洗面台で髪を洗ったでしょ?母さんが排水口が詰まったと怒っていたよ。」

「あ?うるさいよ。最近抜け毛がなあ、、、お前も40歳を超えたらわかるよ。けけけ」

髭をさっさと剃り終えた父は逃げる様に洗面所を出て行った。

 朝ご飯は目玉焼きとパンだった。母さんの機嫌が悪い日はいつも大体こうだ。恐らく父の髪の毛が原因だろう。納豆ご飯を食べれないのは残念だが、こちらも悪くない。少しピンクかかった目玉焼きを食べようとしてギョッとした。目玉焼きに穴が空いている。丁度黄身の部分にまるで小さな焦げと見間違うくらいの黒い穴。僕の右の口の横に出来た穴と比べると、若干大きく見える。え、この穴、どこに繋がっているの?

「どうしたの、ケンタ。食べないの?目玉焼き嫌いだった?」

母は、普段は優しいが食事に関しては厳しくなるタイプの人間だった。

「あ、いや。ちょっと口内炎出来てね。」

「あら、ケンタもそうなの?実はお母さんもなのよ。昨日からずっと痛くてね。口内炎ってあまりなったことないから、辛いよね。」と、言いながら母は僕に向けて下唇をめくって見せた。

白い口内炎が二つ。見るからに痛そう。

「あれ?」

母を悩ます二つの白い口内炎の横に、さらにもう一つ小さいが確かに黒い穴が空いていた。

「あれって何?どうしたの?」

「いや、二つも空いていいて痛そうだなって。」

「そうでしょう、痛いのよ。本当に。」

二つじゃない、三つだよ、とは言えない。なんなんだ。この穴は。怖いことを想像してしまった。穴はそのまま体を貫通しているのじゃないかと思った。怖いが確認しなくてはいられなくった。

恐々と口元の穴を触って、穴の位置から頭の後ろの貫通したらこの辺だというところを予測した。そして、恐る恐るその辺りを右手で何度もさすって確認したが、何も無かった。少なくとも真っ直ぐ体を貫通している訳では無さそうだ。しかし、まだ分からない。穴が貫通している道筋が真っ直ぐとは限らないではないか。どこかでうねって曲がって体の別な部分から貫通しているのかも知れないと、とめどもない考えが止まらなくなって来た。

「ケンタ、どうした?さっきからやたらゆっくり頭をかいて。スローロリスか。まさかお前、後ろに10円禿げできたのか?ヘヘッへ」

父の声に我に返って思わず吹き出してしまった。

「いやいや、違うよ。父さんじゃあるまいし。何スローロリスって。」

「おい、それはないだろう!お父さんは円形脱毛症ではないぞ!ふへへ」

学校に行く時間になった。父とのくだらないやりとりですっか穴のことを忘れてしまっていた。